大砂海を越えて

アルケイディア皇帝宮では、グラミス皇帝が、不気味な咳をしていた。
彼は死病を患っていて、自分がこの先、もう長くは生きられないことを予知していた。そして、自分が死ぬにあたり、彼の王座を継ぐ者をどうするかについて頭を悩ませていたのだ。
もちろん、順番で言えば息子のヴェインを継がせるのが当然。 しかし彼の身辺では、不可解なことが多く起こる。
忘れもしないナブディス壊滅事件。
何故、ヴェインの周りでは、あのような、国ひとつがまるごと滅びてしまうような出来事がおこるのか。それをきっかけにグラミスはジャッジマスター・ガブラスに、ヴェインの行動を監視するように密命を出していた。
ガブラスは、表向きではヴェインに忠実であったが、与えられた仕事なら汚い仕事も問わない、と言う姿勢の持ち主だった。グラミスは、そこを買っていた。
ラバナスタから戻ってきたガブラスは、グラミス皇帝の前で、これまでのヴェインの動きを報告していた。
ドラクロア研究所を牛耳る研究家ドクター・シドが、どうやらヴェインは彼に資金援助をしているようだ。しかし、ナブディス壊滅事件に関わっていたジャッジ・ゼクトが行方不明になっている今、 真相をつかめないでいることをガブラスは伝えた。
「このグラミスも老いたな。息子を読み切れんとは」グラミスはそう言って、再び不気味な咳をした。「さて、予の後継は誰やら。有能すぎるヴェインを恐れて、元老院は幼い皇帝を望んでおる」
幼い皇帝とは、12歳になったばかりのラーサーのこととだ。
ラーサーの心は、まだ幼く、汚れない。グラミスはガブラスにラーサーの盾になってヴェインから守るように命じた。


かつて、バレンディアからオーダリアの両大陸にまたがる広大な領域を一代で平定し、覇王と呼ばれたレイスウォール王。彼が残した遺産は「夜光の破片」「黄昏の破片」「暁の断片」。どれもが天陽の繭から切り出された破魔石であり、その中の一つ、暁の断片は継承したガルテア本家が断絶後、レイスウォールが眠る王墓に封じられた。その存在は、王族にのみ伝えられ、証のない者が王墓に近づけば 生きて帰れる保証はないと恐れられてきた。
オンドール侯爵邸を脱出し、エンサ大砂海の入口に向かうシュトラールの中で、暁の断片はそれほどの宝であると、アーシェはあれこれバルフレアに説明していた。
「怪物やら、罠やら、そんなのがウヨウヨあるってことだな」バルフレアは変わりなく、いつもの調子だった。
「自分を盗め」
とっさの思いつきだったとは言え、今になってその言葉を思い出すと、アーシェは顔から火が出る思いがしていた。
「バルフレアは、どう思ったのだろう・・・」
そうして彼女は改めてバルフレアの横顔を見た。ヘーゼルグリーンの目元は涼しく、鼻筋の通った端正な顔立をしている。なぜ、どうして彼は空賊になどなったのだろう。
しかしそんな自分がバルフレアに強く惹かれているとは、この時のアーシェには気付く余裕もなかった。

レイスウォール王墓はエンサ大砂海の西の果てにある。 砂海を含むエンサ地帯は飛空石が無効となり、シュトラールが侵入できるのはヤクト地帯の入口止まりまで。そこから先は徒歩でエンサ大砂海を渡らなければならなかった。 砂海の東側に位置するオグル・エンサにはロザリア帝国がアルケイディア帝国と覇権を争うために建てた広大な石油基地がどこまでも果てしなく続いていた。アーシェは、既にこの砂海を徒歩で歩く覚悟をしており、一行とともに、照りつけるような太陽の下をどこまで続くのかわからぬ油田施設の道を 黙々と歩き出した。
しばらく歩くと、バッシュが、前から歩いて来る、よく見慣れた人影に気づいた。何故か、そこに、ビュエルバで別れたはずのウォースラが立っていた。
「なぜ、ここが・・・?」思わずバッシュが尋ねた。
ウォースラは不自然に笑って、ビュエルバで消息を絶ったアーシェがここに来ることを 予感したかのようなことを言い訳にして、言葉を濁した。
このとき、バッシュは、うかつにも何も疑わなかった。否、古き戦友であるウォースラを疑う理由など何もなかったのだ。実際、アーシェにとっては心強い護衛が1人増えて喜ばしいことだった。
アーシェはウォースラに「暁の断片」をレイスウォールへ入手しにいくことを伝え「ダルマスカ再興の手段は見つかったの?」と、尋ねた。
「・・・・まずは暁の断片を手に入れます。すべてはそれからです」
考えてみれば、何が、すべてがそれからだったのだろう。バッシュもアーシェも、後にウォースラが辿る運命を、このとき予測することすら出来なかった。


  • FF12ストーリー あまい誘惑