天陽の繭

大灯台の入口に何かの碑文が刻まれていた。
「なぁ、フラン、何か書いてあるぞ?」ヴァンが、不思議そうに刻まれた碑文を指でなぞった。
「・・・だれかが刻み付けたのね。かなり古いわ」フランはそう答え、碑文を読みはじめた。「神々の剣を授かりし後世の探求者へ・・・・これなる天に等しき高みの塔 三つのしもべを率いる守護者 汝の魂をむさぼり喰わんとす力なき者は力を望むなかれ おのが目に惑わされるなかれ 幻を断ち真の道へ至れ・・・・レイスウォール 記す」
「覇王がここに?!」
「驚くほどの事かしら?」驚くアーシェに向かって、フランは当然のように答えた。「往古、覇王はオキューリアから剣を授かり、この地で破魔石を手に入れたのよ。 いつか他の誰かがオキューリアに選ばれ、ここを訪れると考えたのでしょうね。幻を断ち真の道へ至れ・・・・ 謎めいた言葉だけれど、覇王の血を引くあなたなら、理解できるのではなくて?」そうしてフランは、立ち尽くすアーシェを後にして、建物の中に入っていってしまった。

リドルアナ大灯台は、いつ誰がなんのために建てたのか謎に満ちた建造物で、そもそもが灯台として建てられた塔ではなかった。最上部に灯る不思議な光がミストに反応して明滅する様子が、灯台として呼ばれる由来だった。その不思議な光が灯る最上階100階を目指すべく、長い長い道のりを、ある時は天道器や転移装置を使い、ある時は罠を解きながら、アーシェたちは進んでいった。
「・・・ミストが響いているわ」頂上に近づくほどミストが濃さを増し、フランは苦しそうに息を切らしていた。
「いよいよ天陽の繭か・・・・」フランを気遣いながら、バッシュは士気を高めていた。
パンネロは、ヴァンとともに、先頭を切って歩いて行くアーシェの後ろ姿を見つめていた。
「復讐・・・するのかな。新しい破魔石で」そう呟いてヴァンに目を移した。「気持ちはわかるんだ。あの戦争で大事な人たちを亡くした気持ち」
「同じだもんな、オレたちも」ヴァンは、アーシェを見つめたままパンネロに答えた。
「でもね、亡くなった人たちの心は、もう動かないんだよ。何があっても、何をしても。 ・・・・目を閉じて思い浮かべる幻みたいに・・・・ずっとずっと変わらないまま」
「ああ、変わらん」後ろでパンネロの話を聞いていたレダスが割り込んで来た。
「どれほど長い時がすぎようと、振り返る過去の幻影は、いつまでも生々しい。過去は、そうやって人を縛る」彼は、遥か続く階段の先を見つめながら、「幻を断ち、真の道へ至れ・・・・か」と、碑文の言葉を思いだしていた。


最上階へ昇る長い長い階段を進み、行き止まりにあった転移装置に触れると、一行は天陽の界域に転送された。
アーシェの目の前に現れた天陽の繭は、文字通り昆虫の繭のように、糸状のものにくるまれていた。この糸状のものが繭に施された封印で、それを解いてむき出しになった繭なら、破壊することも、新たな破魔石を刻み込むことも、大量のミストを放出することも可能になる。そしてそれを解除ができる資格を持つのが、オキューリアから契約の剣を授かったものだった。
今こそ、その封印を解く時が来た・・・・
アーシェはオキューリアに選ばれしものとして、息をのみ、左手に覇王の剣、右手に契約の剣を持って繭の前に進み出た。
「・・・レイスウォール王はこの剣で繭を刻み・・・・力を手に入れた」アーシェの言葉に続き、
「だけど、お前は、その剣で繭を壊す・・・・」心配そうな表情でヴァンがそう言った。
ヴァンは、確かめたかったのだ。アーシェが、復讐ではなく、破魔石のない世界を望んでいる事を。そして、念を押すように、続けた。「・・・・そうだろ?」
アーシェは、ヴァンを振り返りもせず、穏やかな口調で答えた。
「『お前』は、やめてよ」
そう言って、アーシェは繭が契約の剣に反応しているのを体に感じた。覚悟を決め、剣を大きく振りかざし・・・・
ついに繭の封印を解いた。

封印を解かれた繭は、破魔石がむき出しになり切り出すも、破壊するもどちらも可能な状態になった。次の瞬間、繭から発生する大量なミストが灯台周辺に立ちこめ、渦巻いた。その、異常なミストの渦の中から、アーシェの亡き夫ラスラが姿を現した。
バッシュは、我が目を疑った。目の前にいるのは確かに・・・
「ラスラ様・・・」自分の目の前で死んでいったラスラを、思わずバッシュは呼んでいた。
一方のアーシェは、目の前の夫に向かい悲鳴のような声で問うた。
「・・・・破魔石で、帝国を滅ぼすの?」
アーシェに向かってラスラはやさしく頷いた。
しかし、アーシェの声は、悲しく響いた。「破壊が、あなたの願いなの?私の義務は、復讐なの? 私は・・・・」彼女の言葉を遮るように後ろから別の声が聞こえて来た。
「なぜためらう?手を伸ばすがいい。お前に与えられた、復讐の刃だ。 その刃で父の仇を討て!」
アーシェは振り返った。 そこにガブラスが立っていた。
「そうだ。バッシュに化けてダルマスカ王を殺したのは俺だ。 父を殺したこの俺に、復讐せずにいられるか?!」
「貴様が・・・」
アーシェの言葉が発せられたと同時に、ヴァンが剣を握って歩み寄って来た。「兄さんを!」
「王を殺し、国を殺した相手が今、お前の前にいる!」アーシェはあまりの怒りに、左手に持っていた覇王の剣を取り落とし、憎しみに満ちた瞳で契約の剣を両手に握り直してガブラスににじり寄った。満足そうな表情のガブラスは、なおもアーシェの憎しみを煽るように「・・・そうだ、それでいい。憎みぬけ!武器をとれ! 戦って死者たちの恨みを晴らせ!」
ヴァンも、今こそ兄レックスの仇を取ろうと剣を振り下ろしていた。
その剣をレダスが止めた。
ヴァンは驚いてレダスを見つめた。

「・・・・1人のジャッジマスターがいた。 その男はナブラディアから奪った夜光の破片をわけもわからずに発動し・・・・ ナブディスを吹っ飛ばした。破魔石の威力を知りたがったシドが命じた実験だ」レダスの言葉に、バルフレアが、敏感に反応した。
「・・・あの、危険な力を封じると誓った2年前、ジャッジの鎧とともに捨てた名前は・・・」レダスの顔を改めて見つめ、ガブラスは剣を構え直した。
「ジャッジ・ゼクト」ガブラスはそう言って、幽霊を見るかのように呆然となった。
「久しぶりだな。ガブラス」そうしてレダスはアーシェに聞こえるように、声を張り上げた。「手を伸ばせ、アーシェ王女。 だがな、掴むべきは、復讐や絶望を超えたその先にあるものだ」それからレダスはガブラスに向き直った。「俺やお前のような、縛られた人間には手の届かぬものだ」
アーシェはハッとした。
レダスは自分やガブラスが「過去の幻影に縛られた人間」だと理解していた。
レダスはナブディスを壊滅させた罪に、ガブラスは祖国を守れなかった悔恨に、それぞれとらわれ前進できずにいる、と。だがレダスは、アーシェは自分たちと違うといい、彼女の切り開く未来に希望を託したかった。
しかしガブラスは、レダスの言葉をあしらった。
「どれほどあがこうが、人は過去から逃れられん!」そう言ってガブラスもアーシェに言った。「さぁ、過去に誓った復讐をとげるがいい!それが死者たちの願いだ!」 アーシェは、生きていた頃のラスラを、 そして、フォーンでバルフレアに言われた事を思いだしていた。自分の知っているラスラは・・・・
「ラスラ・・・・。私、あなたを信じてる。あなたは・・・・あなたは、そんな人じゃなかった!!」
そうしてラスラの幻影を契約の剣で斬り裂いた。その瞬間、フラッシュバックのように、アーシェは、フォーン海岸でのやさしい潮風を思いだしていた。
隣にはバルフレアがいて、この時の彼への胸のときめきが、ラスラが思い出の中の人であることを気づかせた。
「・・・あの人は、もう、いないんだ」アーシェはそう呟いて、心がすっと軽くなるのを感じた。
「・・・アーシェ・バナルガン・ダルマスカ! 我らの破魔石で正しき歴史を導く聖女に!」ミストの中に消え入りそうなラスラの幻影が初めてアーシェに話しかけた。
アーシェには、その声が、ラスラではなく、ゲルン王の声に聞こえた。そしてこれまで彼女の前に見えていたラスラが、ゲルン王の作り出した幻影だったことに初めて気づいた。アーシェは、キッとしてラスラの幻をもう一度斬り裂いた。
「私は、聖女なんかじゃない!!」
「・・・・アーシェ」
ヴァンがアーシェに歩み寄った。

かつて、契約の剣を授かった者がオキューリアにそむき天陽の繭を砕く事態は 一度も起こっていない。 このことは契約者をオキューリアが聖者だとおだてて来たからだろう。 しかしアーシェは聖女の名を否定した。それは、自分が王女にふさわしいかと悩み、己の至らなさを噛みしめた 彼女ならではの答えだった。アーシェの気持ちは、このとき、はっきりと決まった。 繭を砕く事こそ、ダルマスカ国民の意に添う事・・・。
「・・・・ダルマスカは長い歴史の間、一度も『黄昏の破片』を使わなかった。苦しくとも石に頼らないと決めた人たちの国だった。 私が取り戻したかったのは、そういうダルマスカだった」アーシェはそう言いながら契約の剣を手から放した。「・・・石に頼るのは裏切りと同じ」そして側に来たヴァンに向かってはっきりと言った。「天陽の繭」を砕くわ!破魔石を捨てる!!」
「力がいらん、というのか。では、国を滅ぼされた屈辱はどうなる。 死んでいった者達の恨みはどうなる!」
「違う」ガブラスの挑発に、ヴァンは冷静に答えた。 ガブラスは驚いてヴァンを見つめた。「何も変わらないんだ。兄さんの恨みなんか晴れない。 兄さんはもう・・・・いないんだ」
「力があっても過去は変わらない。だから、もう」アーシェはそう言って、大切に身につけて来た暁の断片を、惜しみなく、床に転がした。
ガブラスが、くっ、と声をもらした。「だが、力なき者に未来はない。何者も守れない」
「ならば俺が守ろう」
バッシュがガブラスの前に進み出た。 ガブラスの憎しみがさらに燃えた。
「守るだと?貴様が?ランディスもダルマスカも、なにひとつ守りきれず、生き恥をさらして来た貴様が!!」ガブラスはそう言って、剣を両手に構え、バッシュににじり寄った。「いい加減に学んだらどうだ?守るべきものほど、守れずに失うとな!」 そうして、バッシュに攻撃を仕掛けた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑