神都騒乱

ヴェイン・カルダス・ソリドールは軍事的天才。アルシドの洞察通り、すでにヴェインにはこの戦乱のとどめとなる「ある軍事計画」を内密に進めていた。計画を成功させるには、彼にはどうしても覇王の剣が必要だった。ヴェインは自分を崇拝するジャッジ・ベルガに協力を仰ぎ、覇王の剣の在り処を知るアナスタシスの元へ向かわせていた。しかし、アナスタシスが抵抗したため、ベルガはラーサーを連れ戻すためにアレキサンダーでブルオミシェイスに到着していたザルガバースに、ブルオミシェイスを攻撃してアナスタシスを脅すように命令した。
ザルバガースは、ドレイスの時も件もあり、徐々にヴェインに本心を見透かされていることに恐れを感じていた。これ以上、反逆的な行為に出ると自分も殺されてしまう。そう言った危機感のため、彼はベルガの命令に従い、ブルオミシェイスを砲撃した。
「・・・・いずれ償うことになろう」ザルガバースは、アレキサンダーの操縦席に立ち、黒煙の立つブルオミシェイスを眺めながら、静かに目を閉じた。
グラミス皇帝暗殺が茶番である事、そして、ドレイスをその茶番の犠牲にしてしまった事、罪なきブルオミシェイスを攻めてしまった事、そのすべての罪を、元々は良心深い彼の心を奥底から痛めつけていた。
彼はこの時、ある覚悟を決め、アルケイディスへ戻っていった。


覇王の剣を入手し、ミリアム遺跡の外の出た一行は、パラミナ大渓谷の上空に帝国の戦艦アレキサンダーがよぎって行くのに気づいた。その後方のブルオミシェイスの方角に、黒煙が上がっていた。急いでブルオミシェイスに戻ったが時すでに遅く、神殿へ続く道には多くの死傷者が溢れていた。その無惨な光景に、ヴァンは思わず目を背け、帝国に対する新たな怒りが心の奥底からこみ上げてくるのを感じた。
軽傷ですんだ難民たちが、帝国軍がまだ神殿に残っている事を警告し、ヴァンたちに気をつけて進むように注意を促した。一行はアナスタシスの無事を祈り、急いで神殿に向かった。
光明の間に続く扉を開くと、多くの帝国兵の死骸が足下に倒れていた。その向こうに、ジャッジ・ベルガが血塗られた剣を持ち、異様な表情をして立っていた。
「・・・・ほう。亡国の王女か」ベルガは尋常ではない目つきで、近づいて来たアーシェに向かってそう言った。「帝国への復讐を願って『覇王の剣』を求めたな」
ベルガの足下には、アナスタシスの体が横たわっていた。パンネロは、ショックのあまり、ヴァンにもたれかかった。 「剣の在処を吐かんでな。人間の力を信じず、神などにすがった者の末路よ」そう言って、もはや野獣のような目つきをして、彼らに近づいて来るベルガの体から、ミストが立ち上がっていた。
フランはハッとした。この雰囲気、前にも感じた。ミュリンが人造破魔石に取り込まれていたときと同じだ。ベルガの背後になぞの影が浮かび上がるのを、再びフランは見た。
「このミスト、ミュリンと同じよ。石の力にとりつかれている!」
フランの言葉を聞いて、ベルガはフンと鼻をならした。「笑わせるな。人造破魔石は人間の力だ!神々に挑む大志を抱いた人間が、その知恵で作り上げた人間の武器!真の覇王にふさわしい剣だ!与えられた破魔石に頼り切っていたレイスウォールなど、偽りの覇王にすぎんわ!」ベルガはそう言って高笑いをし、アナスタシスの血で汚れた剣を、アーシェに振りかざした。「見ておれ!やがて全イヴァリースに、真の覇王の御名がとどろく!神々の意思を打ち破り、歴史を人間の手に取り戻す・・・・その名は、ヴェイン・ソリドール!」
アーシェがビクッと体を震わせた。そして、わなわなと手が震えだした。
「あのお方が築く歴史に、ダルマスカの名は不要!レイスウォールの血筋ともども、時代の闇に沈めてくれるわ!」
完全に暴走状態のベルガは、一心不乱になってアーシェたちに襲いかかって来たが、その瞬間から体が大きくふくれあがり、異様な音を立てて内臓が体の外に飛び出した。パンネロもアーシェも、思わず目を背けた。

バルフレアは、地面に倒れ込んだベルガの体に近づいて、何がおこったのかを探ろうと彼の遺体を調べて、すぐに、目を背けた。人造破魔石とともに、その周辺の内臓がすべて外に飛び出していた。
「・・・体に人造破魔石を埋め込んでやがった」バルフレアは、胃の中の物が逆流してきそうなのを耐えながら、ベルガから離れた。
「・・・大僧正は?」そうして気持ちを切り替えるようにして、アナスタシスの側につきっきりだったパンネロに向かって言った。パンネロは涙ぐみながら、首を横に振った。 アーシェも、静かに黙祷していた。
「ねぇ・・・・ラーサー様は・・・・?」そうしてパンネロは、この惨事にラーサーは無事だったのだろうかと心配になった。
「・・・・ジャッジ・ガブラスが連れて帰った」どこから現れたのか、秘書に支えられながら、疲れ果てた様子のアルシドが彼らの前に歩み寄って来た。「ラーサーは争いを避けようと、おとなしく従ったんですが・・・・ジャッジ・ベルガが暴発してね。 雑魚を片付けるだけで精一杯だったんで」そう言ってアルシドは、秘書に支えられながらも、うやうやしい態度を失う事もなく、呆然としているアーシェを見つめた。「・・・姫。あなたをロザリアへ亡命させたいんです」
その言葉で、ようやくアーシェは我に返り、キッとしてアルシドに向き直った。「守ってやるとでも?」
「お望みとあらば命に代えても」このようなセリフを言えば、たいていの女はその気になってついてくる。 しかしアルシドは、その気になるどころか、反抗的な態度を取ったこの気の強い王女が、素直に従うはずないな、と直感してしまい、つい弱気になって「もっとも、あなたのほうがお強いでしょうが」などと、らしくない言葉を付け加えてしまった。
「・・・ヴェインを恐れるあまり、うちの軍部じゃ、先制攻撃論が主流で。将軍連中が勝手に戦争を始めないように、姫を利用して裏工作をしかけます」
「お断りします」アーシェはきっぱりと言い放った。
そんなアーシェを見つめながら、バルフレアは、笑いたくなるのを抑えるのが精一杯だった。最近、ちょっとは可愛げもあるかと思ったが、その、王女らしからぬ気の強さは、リヴァイアサンでバッシュを殴った頃と変わらない。バルフレアは、プレイボーイ形無しのアルシドを気の毒にも思いながら、改めて、アーシェの魅力に捕われてしまっている自分に少しずつ、気づいていた。
アーシェは自分の気の強さが、バルフレアにそんなふうに思われているとも知らず、ムキになってアルシドに言葉を返していた。「私は、こちらで仕事があるので。『覇王の剣』で『黄昏の破片』を潰します」
「石の在処はわかってませんが?」アルシドはアーシェが勢いでそう言っている事にも気づいていて、自分は少しボルテージを下げ、低い声で現実を突きつけた。
先ほどから、すっかり道化のようにアーシェに振り回されているアルシドの様子を観察していたバルフレアが ようやく自分の出番とばかりに、アルシドの言葉を遮るようにしてアーシェに歩み寄った。「石の在処、見当はつく。帝都アルケイディス、ドラクロア研究所。帝国軍の兵器開発を一手に仕切ってる」そう言って、アルシドを差し置き、アーシェの瞳をまっすぐに見つめた。
「・・・オレが案内する」
「・・・行きます」アーシェが、バルフレアの瞳に答えた。
バルフレアの予感は、この時に確信に変わった。アーシェは、きっと、バルフレアの石に対する思いを理解する事が出来る。自分の想像通り、この女は、本当の強さを持っている、と。
アーシェは、バルフレアに返事をすると、すぐにアルシドに向かって言った。「そちらの国での工作は、あなたが」
「こっちはこっちでどうにかしろと?ご期待に添えればいいんですがね」アルシドは、皮肉っぽく微笑んで、その場を去ろうとしたが、思いだしたように振り返った。「ああそうだ。ラーサーから伝言です。『国と国が手を取り合えなくても、人は同じ夢を見る事が出来る』」
アルシドは言い終えて、サングラスをかけた。「では、失敬」
そうして、甘いコロンの香りを残し、ブルオミシェイスを去った。


  • FF12ストーリー あまい誘惑