ラーサーの思惑

アルケイディア帝国は、リヴァイアサンを失ったことにより、最強の戦力を失い、戦闘体制を弱めている。今やオンドール公爵率いる解放軍、そしてロザリア帝国が帝国に押し寄せる絶好の機会となり、3国による大戦争が起こる可能性が高くなっている。
アーシェのラバナスタ王国国王即位を早めれば、オンドールを止めることができるのではないか。
そう考えたラーサーは、ガリフの地に護衛が到着するのを待って、神都ブルオミシェイスへ旅立つ予定だった。
ブルオミシェイスはイヴァリース全土に伝わる宗教、キルティア教の聖地であり、ヤクト・ラムーダ北部の山岳地に位置している。“夢見の賢者”として敬愛される大僧正アナスタシスを中心に、信者たちの修行や、難民救済に努めている。アナスタシスは、覇王レイスウォールに王家の審判を託された大僧正の現職として、ダルマスカ、ナブラディア両王国の王位継承を承認する立場にある。アナスタシスの承認で、アーシェは正式に王位を継ぎ、ダルマスカ王国の復活を宣言する事が出来る。 そして王女として、アルケイディア帝国との友好を訴えれば、オンドール公爵を阻止し、大戦を防ぐ事が出来る。そのことをアナスタシスに願い入れるつもりだった。
そんな時、アーシェ一行もガリフの地に現れた。この偶然を「幸運」と前向きに捉えたラーサーは、ブルオミシェイス行きに自分も同行したいと言った。
一方のアーシェは、帝国から攻めてきて、何もかも奪って、それを水に流して友好、などと調子のいい事を言うラーサーに対し怒りを覚えた。 しかし、ラーサーは、戦場になるのはダルマスカなのだ、と冷静に答えた。
「・・・・ラバナスタを第2のナブディスにしたいんですか!兄は破魔石を持っているんです!」ラーサーも、アーシェたち同様、破魔石が戦争に使用される事を恐れていた。「・・・・すみません。図々しい話です。血の流れない方法を、他に思いつかなくて・・・・ 信用できないのであれば、僕を人質にしてください」そう言って、まっすぐな、汚れのないラーサーの綺麗な瞳を、アーシェはその後も繰り返し思いだしていた。


ラーサーの思惑を聞いたその夜、アーシェは、月光の下でラスラのことを思い出していた。いつも彼はまるで現実のようにアーシェの前に姿を見せ、静かに破魔石を指差した。これを使えばいい、と言うかのように。
「・・・ラスラ」
アーシェがそう呼びかけると、その幻影の先にはヴァンが立っていた。
ヴァンは心配そうにアーシェを見つめていた。「・・・・あの人が見えたのか。王墓の時のように」
「あの人」とはラスラの事だった。 ヴァンの言葉にアーシェは悲しそうな顔になって言葉を返した。「やっぱりあなたにも・・・。でも、どうして」
「変だよな、オレ、アーシェの顔だって知らなかったくらいで・・・・・王子のことなんて、なんにもわからないの にさ・・・・・・オレが見たのは兄さんだったのかもしれない」
いつもは陽気で子供っぽいヴァン。でも、月明かりの下だったのかもしれないが 妙に大人っぽく、そして悲しそうな顔をしていて、 アーシェは少し戸惑ったが、すぐに言葉を返した。
「あなたのお兄様の事、バッシュから聞いたわ」
「降伏間際に志願したんだ。馬鹿だよ。負けるってわかってたのに」
「守ろうとしたのよ」 慰めるような口調でアーシェ。
「死んで何が守られたって言うんだ。お前は納得できたのかよ、王子が死んだ時」 いつもの、失礼な口調のヴァンに戻ったが、的を得た答えだったので、アーシェは黙り込んでしまった。 「帝国が憎いとか、仕返ししてやるとか・・・恨みばっかふくらんで・・・ ・・・けど、その先は全然。 どうせなんにもできやしないって、気がついて、空しくなって、そのたびに兄さんを 思いだして・・・オレ、そういうの忘れたくて、とりあえず『空賊になりたい』とか景気のいい事いってたんだろ うな」 ひとつひとつ言葉を選ぶようにしてヴァンは言葉を続けた。 「兄さんの死から・・・逃げたかったんだ。 アーシェについてここまで来たのも、きっと逃げたいからなんだ」
アーシェは、静かにヴァンを見つめた。 ヴァンの瞳が力強く、もう何の迷いもなくアーシェをとらえていた。「でも、もうやめる。逃げるのはやめる。ちゃんと目標を見つけたいんだ。 オレの未来をどうするか、その答え。 アーシェと行けば、みつかると思う」
「みつかるかな・・・・?」アーシェは、ヴァンが初めて聞くようなやさしい口調で言った。
「みつかるよ」
ヴァンはこれからも自分と一緒に旅をしたいと言っているのだ。アーシェも、ヴァンたちと旅を続けたいと思う気持ちを素直に感じていた。


「共に行きます。ブルオミシェイスへ」
翌朝、アーシェは、ラーサーに向かって昨日の答えを返した。
「そう言って頂けると信じていました」
「・・・まだ、心を決めたわけではないのです。向かう間に答えを見つけます」 未だ躊躇するアーシェの気持ちを汲み取り、ラーサーは大人びた表情で小さく頷くと 彼らしい、少しからかったような口調に戻った。 「会ってほしい人がいます。ブルオミシェイスで落ち合うことになっているんです」
「だれです?」 アーシェが不思議そうな顔をした。
「敵ですが、味方ですよ。あとは会ってからのお楽しみです」 そう答えて、いたずらっ子のような表情でその場を去っていってしまった。
「ああいうとこ、あるんだよな」 2人のやり取りをずっと見守っていたヴァンが、ラーサーの12歳らしい、子供っぽい仕草に微笑みながらそう言っ た。 彼はルース魔石鉱で、まんまとラーサーに騙されていた事を思いだしていたのだ。
「悪気はないのでしょうね」
アーシェの言葉に同感だと、頷いたヴァンは 「いいやつだよ、帝国なのにさ」 と答えた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑